1-1 序

尾花が山から吹き下ろす風に身を任せるように斜めになり、白い道標となって中津川宿への道を示している。その日、木曽路には今年初めての雪が降った。

 

一人の修験道者が、ふらふらと体を揺らしながら御嶽山を背にして、木曽路からの道を歩いていた。衣は薄汚れ、脚絆も破れかけている。草鞋に至ってはほぼ裸足ではないかというほど擦り切れて、杖にふらつく体を支えられながら、ようやく人家のあるところに出た。

 

あたりは夕暮れにはまだ早いというのに薄暗い。西からどんどんと厚みを増してくる雲に覆われた空を見上げながら、「この雲じゃあ、初雪でも積もるかもしれんで」とひとりごちた五平の前に、不意に現れた修験道者に、五平は「ひええ!」 と驚いてのけぞった。しばらく胸を押さえていたが、息を落ち着かせて僧形の男をまじまじと見てから、「ああ、びっくりしたあ。ご修行ですか」と言いかけたが、その男のひどい顔色に気づいて「もし、お具合でも悪くておられますか」と問いかけるのと男がどさり、と道に倒れたのが同時であった。

 

それから、五平が呼び回った数軒の人家では大騒ぎであった。戸板をはずして持ってこい、と怒鳴るもの、着物を解け、水を汲め、頭を冷やせと甲高い声で叫ぶ婆さん、このあたりではせめて広さのある長助の家に寝かされた男は、二日高熱にうなされたあと、ようやく目を覚ました。

 

介抱に当たった長助の女房は、垢と熱の疲れを落とした男の顔が思いのほか、精悍で真面目そうなのが いたく気に入ったらしく、甲斐甲斐しく世話を焼いている。近所の婆さん、と言ってもいい位の年の女たちも、あれこれと漬物だ、干し芋だ、縫った手ぬぐいを使え、着物を繕ってやる、と農作業の合間に始終出入りしている。「やれ、かかが若返ったわ」と苦笑しつつも、寡黙でありながら気性のいかにもしっかりとした目を持つこの男を皆が良く思っていた。

 

男は少しずつ回復していくようだった。単に熱のためだけではなく、御嶽山での厳しい修行に打ち込んだ後の疲れが出たのではないか、と村人は噂し、いたわった。山を駆け上がり、駆け下りして、六根清浄を唱えて解脱を目指すという修験者の姿は、このあたりでは珍しくはない。法螺貝を吹き、タヌキかキツネか獣の毛を腰につけ 、起伏しを山でするから山伏とも呼ばれる男たちは、神々しく年中白く輝く御嶽山、時折煙を吹き出す霊山のありがたいお札を里にもたらしてくれる貴重な存在でもあった。そこから恵那山に修行に入る修験者も多い。こちらは火山ではなく御嶽山と比べれば女性のように優しげであるが、霊山としての信仰も篤く、夏の緑に輝き、そして冬のある日、忽然と銀白をまとう美しさは、何年見ても拝みたくなる、と長助は常々語っている。

 

女たちが、縁側ではしゃいで豆を選り分けたり、繭を大きさや色ごとにわけたりするのを、病み上がりの身体を起こし、板戸に寄りかかって手伝いながら、ぽつりぽつりと話すには、厳しい修行は開け、身体のつらさが問題なのではなく、これから諸国を勧進して回るのが本当の仏の道なのかと疑問に思うようになった。自分の少し年上の同じく諸国を回っているあるお方は、仏を十二万体自らの手で彫り上げるという願をかけてそれが衆生の救いになると信じ、ほうぼうを駆け回っておられる。自分も、本当の救いとは何か、迷いがでてきた。立派なお堂だけが仏の道ではあるまい。こうして、人として、草木のひとつひとつに仏の姿を見、地に足を着けている村の人々と農業をして生きるのもまた仏の 道ではないだろうか。

 

「ほーやねえー、むずかしいことはわからんけどよ、でもお天道様にありがたいと思って米を作るのもいいもんやに」「そうや、たまにべべこさえてよ」と、どっと笑う女たちの底抜けの明るさに、男の顔に笑みが浮かび、心も少しずつほぐれて行くようだった。やがて、男はこの村に住み着き、長助の親類の、娘しかいない家に入り婿するかたちで祝言をあげ、惣兵衛と名を改めた。ときは元禄の頃であった。

 

 

つづく