1-10 相場 その三

うつろな目で墓参りを済ませて、本堂に挨拶に寄ると、住職の僧侶が茶を振舞ってくれた。なんでも本山の修行を終えた僧侶が滞在しているということで、自然と話は三人で始まり、その僧侶の巌のような体躯と、どっしりとしたずっと微笑んでいるような顔に見つめられているうち、どのような境遇に身を置いているかを、常吉はなぜか洗いざらいしゃべってしまった。

 

しばらく、静かに聞いていたその僧は、「そうか」とつぶやいて静かに茶をひとすすりし、じゅんじゅんと説き始めた。「どうも、聞 いていると、大きな山を当てたい、一発どかんと当てたいと走ってしまったのがあんたのいかんとこらしいな。商売人になりたいんやろ?一人前の。ほな、なんにも焦ることはない。頭が働くようやから、まどろっこしいのやろうけどな、商売はコツコツ続けていくもんや。ゆっくり地を固めていくんや。そうしたら、ある日、ほっと大きな御殿が建つだけの基礎ができとる。焦ったらあかん。いいことない。ゆっくりでもいいんや。自分一人儲けたれと思ってもいかん。周りのこともようく見て、商売は人さんに喜ばれてたら長く続くもんやからな。」

 

かすかな上方訛りの僧侶の言葉は、乾き切り、冷え切っていた常吉の心を温かく濡らす打ち水のようであった。丁寧に頭を下げいとまごいをし て、坂を下り中津川宿に連なる家々を見下ろす四つ目川の橋の上に立つころには「おれは偉いさんになりたかった。金を持って尊敬されたかった。でもこの有様や。違ったんやな、何かを間違えたんや。そうしたらもういっぺん最初からやったる。今度こそ一人前の商人になったる。」と再びふつふつと体の中から熱が湧いてくるような気がした。

 

それ以来、ほそぼそと仕入れさせてもらった乾物を売り歩きながら、常吉は店を繁盛させることだけを考えるようになった。

 

 

つづく