1-11 元祖漬鳥

明治二十年の秋が深まって行く。中津川を取り囲むようにそびえる前山や木曽の山々が赤や黄色の彩りを今年の名残とばかりに勢いよく燃え上がらせ、澄み切った空がくっきりと青い恵那山を浮かび上がらせていた。

 

よく晴れた十月である。秋祭りの笛や太鼓の音がかすかに聞こえてくる。御神酒を奉納した常吉の店の前にも、おさがりのお札を持ってきた町の衆がやってきて、そのまま座敷に呼ばれ、上がり端に腰をかけて酒を振舞われている。「まんだ、まわらないかんでよう」と口だけは遠慮しつつも、「こんだけばか、どさないら」と笑いながら勧める常吉に、祭りの興奮に冷たい酒がよくきくようで一杯とは済まず、赤い顔をさらに赤くさせ大声で話を始めていた。

 

常吉の店の前に、ずっしりと重そうな背負い籠を持った男が幾人も並んでいる。いずれも近くの農民で、粗末な木綿の着物にぼろぼろの草鞋、裸足のままのものもいる。外股の 足は長年の農作業に鍛え抜かれ、荷の重さなど微塵も感じさせない力強さである。その背にこぼれんばかりに負われているのは、男たちが山で明け方獲ったばかりのつぐみであった。

 

常吉の店の中では、入って左手の土間に、かつて玉繭を煮ていた続き竈はすでに取り払われ、代わりにむしろが広々と敷かれている。その手前で、どさりと降ろされた籠から、どんどんつぐみを出しては秤に乗せるのが丁稚、その目方を計る手代と、帳面に書き込む番頭の姿があった。その場で持ってきた分の支払いがされ、「今日はお祭りやでよう、懐があったかいわ」「からっけつで帰ったら叱られるに!」と女子衆とわっと掛け合いをしながら、空になった背負い籠を足取りも軽く店を出て行く。

 

秤から下ろされ、むしろに並べられたつぐみは、そこに座り込んだ女衆が、引き継いで羽をむしっていく。羽は最後までむしるための手がかりとして三本残されて、順に土間の奥へと進むように次のものに渡される。ハサミを持った一人がその残った三本の羽と、口ばしの先、そして爪を二本残してすべて切り、腹を割った。

 

爪を残すのは、つぐみの足が茶色だからで、これは以前すべての爪を切っていたところ「ほんとにつぐみかどうかわからへんもなあ」と客に軽口を叩かれたことに激昂した常吉が、「ほんなら残せばわかるら」とその場で残すように決めたのであった。さて、次の女子衆は、柔らかくまだ温もりの残るはらわたを一羽ずつ小さなどんぶりに入れ、砂袋を取り除き、残りを鍋に入れて溜めていく。この砂袋が破裂したりすれば「ぜんぶあかんようになる」ととりわけ扱いを厳しく言われていたのも道理で、はらわたは塩漬けし、「うるか」と呼ばれる高級珍味になった。これを珍重するのは、酒飲みばかりでなく、妙薬にもなるほどの滋養があると信じられており、肉よりもむしろうるかを楽しみにする旦那衆も多い。

 

ようやく丸裸になったつぐみは、竹かごのうえに並べられ、ざっと塩をかけられるとうっすらと水気が出てくる。そこに乾いた麹をまぶされ、大人が一抱えするほどの木樽に並べられていく。そしてそれを奥の蔵に運び込むのは男衆の仕事で、しばらく漬けたあと、小さな木樽に分けて売った。これが常吉が元祖と誇る、漬鳥の最初のころの風景であった。

 

 

 

第二章へつづく