1-5 玉繭 その一

常吉の新しい商売は、 主人からいただいた別家料と実家からの餞別で同じく呉服、太物を商うことになったが、主家とまったく同じ商いでは、どことなく肩身の狭いような、申し訳ないような思いがしてならない。

 

まだきちんとした店を構えるまでの実力もない、と街道からは少し入ったところの家を借り、何か、自分だけが出来ることをと考え考えして町中を御用聞きに歩き回り、また中津川宿から見れば山の方の集落にも太物を背負って行商して歩くうち、一休みさせてもらった農家の縁側でふと目に止まったものがあった。

 

それはこのあたりの多くの農家では養蚕をしているため、よく見かける繭の山であったが、それを縁側で老婆が平たい竹籠に入れて、何かしら選びよっている。

 

「何を分けとらっせるの?」と尋ねる 常吉に、「 これはよ、お蚕様が、ふたつ寄ってまって糸を吐いて、一つの繭を作ってまってよ。ほれ、こっちよりも大きいに。中にふたつかみっつお蚕様が入っとるのよ。こうなると、もうあかん。糸がきれいに引けんのよ。繰ってもぶつぶつ切れてまうで、売り物にはならんのよ。それを取っとるの」と答えた。

 

「ふうん、これは糸を取るのは難しいのか」「まー売り物にはにはならんで、崩して婆の背中にでも当てなしゃあない」くず繭に寄り目をして見つめる町の若者がおかしかったのか、くっくと笑いながら、「珍しいなら持っていけ」と一掴み分けてくれた。

 

その夜、じっと行灯の光に、いびつにふくらんだ繭を照らしながら、「売り物にはならんのか」とひとりごちる常吉の姿があった。いずれ にせよ、本当に糸が繰れぬのか確かめて見なくてはいられない性分なら、明日の朝にも茹でて、引いてみよう。ずっと探していた何かに、出会ったような予感に満ち、暗闇の向こうにちかちかと小さな灯りが見えている気がする。常吉はなかなか閉じぬ目を無理に引っ付けるようにして床についた。

 

翌朝、明るくなるのを待てずに寝床から跳ね起きた常吉は、朝飯もそこそこに、汁を温めたばかりの小さな七輪に欠けた土鍋に水を張って煮立てた。そこにそっと昨日受け取った玉繭を五つ、六つ入れ、箸でゆっくりと揺らすように返して火を通してみる。実家でも、町中暮らしのこと、さすがに糸繰りを母や祖母はしておらず、間近で見たことはない。だが幼い頃、野山を駆け回っていて、どこか の農家の暗いひんやりとした土間で、頭に手ぬぐいを姉さまかぶりにした小さな婆さまが鍋を前にこうして白い糸を引いていたのを見たような気がする。そんなおぼろげな記憶だけを頼りに、それでもまずはやって見ねば気が済まなかった。

 

鍋をあぐらにした足で抱え込むようにして座り、繭を転がしているとうっと喉が詰まるような匂いが立ってくる。炭はもったいないので普段は小枝をひとつかみでも使えば一人分の汁を温めるのには十分だが、それを何度か足して火を落とさぬようにして、箸の先にほぐれてきた糸がくっついてくるのを待った。ついに、あ、取れた、と箸をひょいと上げた瞬間、そこで糸はぶっつりと切れ、繭はころころと笑うように鍋の中で踊っている。そんなことを何度か繰り 返すうち、 ゆっくりと、かたつむりが天に向かって這う位の気持ちでそっと箸を上げるとほぐれたがる繭が気持ち良さげにそっと鍋の中で回り、そっと腕を上げて、そのまま立ち上がって上げて行っても糸は箸に着いて来、二尺ばかり取れるようになってきた。「おお、糸になってきたぞ」と思わずひとりごちながら、常吉は急いでそのあたりにあったまな板がわりの薄い板に巻きつけ巻きつけしてみるのだった。

 

昨日もらってきた玉繭をすべて巻き取り、中の蚕は水路に住み着いている鯉に餌として投げてやったころにはもう昼時であった。高くなった陽に、取ったばかりの絹糸をかざすと、えも言われぬ光沢と、ところどころ太くもつれたまだら加減が、面白い。これならば、元々は捨てるはずのもの、 根気で商いにできるかもしれぬ、と主家からの仕入れでわずかな口銭を稼ぐような利益の薄い仕事だけではとても街道に店を構えることなどできぬと思い悩んでいた常吉に、一筋の曙光が差し込んだ気がした。

 

次の日から、町中の御用聞きはもちろん、郊外の農家への行商も身が入るようになった。農家の縁側に商品を広げて見せ、そこで、雑談を交わしながら、販売もし、くず繭を仕入れもするのである。くず繭はたいがいそのへんの納屋に溜めて放って置かれるほどのものであったが、「捨てるやつやで、持っていき」と言われても、わずかでもその家の婆さまに銭を握らせるのは忘れなかった。こういった小遣いはそのまま女たちの貴重なへそくりとなり、それを嬉しそうに握った女たちは、また次 の繭が用意 されるころには、今までとは格段に違った扱いで丁寧に菰をかけて保存して置いていたものであった。

 

 

つづく