2-1 廉造 その一

「寒いはずや、恵那山真っ白やわあ」通いの女中が弾むような声で叫ぶようにして入ってくると、まだ寝ぼけまなこだった悦吉を始め、次男の廉造、兄たちを追ってよちよち歩きの由助まで、走るようにして外に出、はすむかいの「すや」越しに恵那山を仰ぎ見た。

 

笑いながら母のタカも子どもたちを追ってきて誰にともなく、「あーきれいやあ」とつぶやく。青く冴え渡った空に真白く霊峰は輝いている。尾根から頂上までの木々の形まではっきりと見える近さなのに、今朝の神々しさは一瞬で中津川の町を冬へといざなった。

 

「ゆんべは寒かったもねえ」と近所の人たちと言葉をかわしながら、まず母から由助を抱きかかえて家に戻り、「さあさあ朝ごはんや」と皆が戻って行っても、今年小学校に上がったばかりの廉造はしばらくその場にたたずみ山を見つめて動かなかった。

 

天照大神がここに降誕されその胞衣を埋めたから「胞衣(えな)山という」と、伝説を学校の教師が窓から恵那山を指しながら教えてくれたことを思い出しているのかいないのか、右手を動かして、宙に絵を描いている。そのまま振り返って、筆と紙を自分の小さな文机に取りに行こうとしたが、女中頭に急き立てられるようにして板の間の食事の席についた。

 

常吉の店の、向かって右手の四間分は、まず店があり、乾物が並べられている。店の奥は八畳の座敷、土間に近い方に板の間があり、座敷の奥にもう一つの八畳の畳敷の部屋があり、田の字に四つ の部屋がある。その奥は中庭、はばかり、奥には蔵が並んでいる。向かって左の四間分は土間から始まり、その日出す荷がすでに山と積まれ、その奥は作業場にもなっている。右手にある中庭のあたりには土間から直接上がる板の間があり、そこを食堂としていた。その奥には竈、流し、井戸と台所になっていて井戸の奥に小さな風呂があり、その奥には物入れの簡単な建物がふたつ並んでいたどこも、主である常吉の性格がよく表れ、拭き込まれた柱や板戸は陽のあまり差さない町屋づくりのなかで底光りしている。比較的雪は少ない土地柄ながら、しっかりとした体躯の建物であった。

 

板の間にはずらりと膳が並べられ、主の常吉、長男悦吉の次に座り、家族と住み込みの丁稚、手代と味噌汁 と白米、漬物の朝餉を取った。これが昼ともなれば、使用人は番頭から丁稚、男衆までずらりと並び、「いただきます」から「いただきました」、の声まで毎度あっという間のことであった。

 

食事の片付けに女中が動き回るうちに、通いの番頭から、女子衆、男衆がどやどやと入ってくる。奥行き十六間の店が、狭くて仕方なく感じられるのは、この時期、つぐみの麹漬の製造に目の回るほど忙しくなるからで、常吉は、正月まであと何日と帳面をにらみつけるようにして、仕入れと荷捌きの相談をさっそく番頭と始めている。

 

 

つづく