2-12 神楽坂 その二

「やあしばらく」と大きな声で三人を迎えた紅葉は、紺色の着流し姿で、立派な髭をたくわえ堂々としたふるまいだが、いかにも面倒見の良さそうな人の良さが笑った目から見て取れる。

 

紹介されしゃちほこばって挨拶する逸太郎と廉造であったが、大島先生がてきぱきと要件を説明すると、「よしわかった。」と請け合い、あの絵描きはどうだろうか、あれは良くない、どんな絵が描きたいにもよるが、などとしばらく話し、最終的に、今連載中の金色夜叉の挿絵を描いている梶田半古のところに紹介してやろう、ということになった。

 

梶田半古なら昵懇の間柄でもあるし、家も近いから本郷からでも通うことも容易い。何よりも梶田は絵が上手いのだから、と大島先生とこの話には目処がついたあたりで、簡単な昼食を出されたが、紅葉は「あれからまた胃がよくない」などと言い、箸が進まぬ様子である。薬学の先生である大島先生はその状態を尋ねたり、答えたりしてくつろいだ会話が進んでいた。

 

十日あまり後のこと、大島先生は廉造を連れて再び紅葉の家におもむき、こんどは紅葉が大島先生と廉造を連れ、梶田半古邸へ向かった。紅葉の家からはほんの十分ほど、坂を神楽坂のほうに下がりながら、西へ向かった牛込天神町にその家はあった。すでにおおかたの話はしてあったとみえて、かんたんに二人を紹介し、廉造は梶田半古への弟子入りが決まったのであった。廉造は本郷の伯父の下宿から通うことも考えたが、やはり 先生のおそばで学ぶのがよかろうということで、梶田半古邸に住み込むこととなった。内弟子となれたことは廉造にとって、ようやく見えた一筋の道であり、嬉しくてたまらない心境であった。

 

つづく