2-17 青邨

師の前に手をついて礼を述べると、嬉しそうな笑顔を見せた半古は、「もう評判になっているぞ、十八歳の子どもが描いた絵だとな」と話し、「すぐに買い手がつきそうだ」と夢のような話をする。

 

実際に、すぐに買い手がつき、十二円という大金で売れたとの知らせに、喜び余って、本郷根津の伯父のところまで走って知らせに行ったほどであった。伯父夫婦、働いている人々まで我が事のように喜ぶ姿を見て、母が生きていたらどれほど喜んでくれただろうかと思えば高揚した気持ちの中にも胸を締め付けられる思いがする。

 

伯父の家を出て、本郷の坂を下る前に、そういえば初めて東京に着いた日に、「この道は中山道や、中津にもつながっとるんや」と言われたことを思い出す。遠い郷里の恵那山にはまだ雪が残っているだろうか。雪があれば山全体が今頃夕日に照らされて茜色に燃え上がっているはずだ。その山と上空に母の笑顔を思い浮かべながら心の中で手を合わせほうと一息つく。そうだ、あの書生部屋で父へ長い手紙を書いてやろう。青邨は踵を返して、牛込天神町へと駆け出した。

 

 

 

(了)

 

 

 

 

 

参考文献

 

中津川市史

 

「作画三昧」 前田青邨 新潮社 (一九七九)

 

「前田青邨」 難波専太郎 美術探究社(一九六九)

 

「名画で読む源氏物語 梶田半古 近代日本画の魅力」斉藤慎一他 大修館書店

 

本文は史実をもとにした物語です。

 

著作権 ヤマツ食品株式会社 2014 all rights reserved.