2-3 廉造 その三

常吉の店は、木曽にある小さな店に様々な食料品を送り出すのも大きな商いになっていた。正月前のこの時期は、その木曽からの注文も増える。つぐみの麹漬は待ったなし、漬け込みを急がねば傷んでしまうし、加えて店頭に買い物に来る客も多い。店の前の駒つなぎに馬をつなぐ順番待ちをするほどで、毎晩夜なべしても、黒山の人だかりとなるほどの客が争うようにして買い求める品を用意するのは、大変な騒ぎであった。このころの乾物屋の正月の商品といえば、煮干し、乾した数の子、田作、そして黒糖が主な物であった。

 

しんしんと小さな粉雪が降り始めた。中津川の町は山に囲まれた地形のせいかさほど雪が積もるわけではないが、冬の寒さは格別に厳しいものがある。雪深い木曾のほうが、雪に覆われていっそ家の中は暖かいと、中津川に嫁いで来た通いの女子衆がぐちるほど、骨身にこたえる。

 

表の板戸が立てられたが、まだ帰り支度をしない男衆、女衆を目の前にして、廉造はあどけない笑顔で「また今夜も夜なべ?」と母にたずねた。ランプに照らされた土間には、今晩のうちに袋詰めを終えねばならない黒糖が山のように積まれている。薩摩のさらに南にあるという奄美や琉球で取れるという黒糖は、大きなかたまりになっていて中には大人が一抱えするほどのものもある。固くしまっているその黒糖の塊を細か く砕いて袋詰めにして常吉の店では売っていて、昨晩も同じく袋詰め作業をして、文字通り山のように用意し、こんなに売れるのだろうか、とも思ったが、店を開ければ黒山の人だかり、毎日店が閉まる頃には、わずか二つ三つしか残っていなかった。

 

男衆はトンカチで黒糖を割り、それを女たちが袋詰めしていく。秤に乗せながら、一 斤、半斤とどんどん詰めては、土間の板に積み上げられていく。頑丈な大人の男であっても、しばらくするとトンカチを持つ手は痺れはじめ、なによりも疲れで眠くなってくる。常吉は目を光らせ、仕事がはかどっているかどうかを常に確認していたから、飛び散った黒糖の小さな粉と言ってもよいほどの破片を素早く口にいれるところを見られようものなら、すぐにげんこが飛んできて「商売ものを何やっとる!」と怒鳴られる。それでも常吉から見えない角度の方の頬にそっと含んで、舌の脇でそっとゆっくり溶かすすべを知っている男衆もいた。

 

そんな中で母は、袋詰めから一人はなれて、夜食のうどんを煮るのにいそがしい。夜泣きする妹を背負いながら、竈の前に陣取り、大きな鍋でう どんを煮ては、順に働いているものたちを呼び、食べさせている。さいしょは「よなべ、よなべ」とはしゃいで手伝っていた廉造、由助がことりと眠りこむのを布団に引っ張って行き、ついでまだ幼いながらも長男として気を張っていた悦吉もまぶたが重くなるのを見計らいそっと寝床に連れて行って休ませた。

 

こうして年の暮れは慌ただしくも過ぎて行き、大晦日の晩遅くまで客は続き、除夜の鐘が響いて来るころ、ようやく常吉にもほっと一息つけるわずかなひとときがやって来るのであった。

 

 

つづく