2-7 本郷根津 その四

人力車に運ばれ、名古屋停車場の待合に夕刻から待つ廉造は、真夜中過ぎにに出立する蒸気機関車が到着したという駅員の大声に、うとうととしかけていた体をバネのように起こして、人々とともに乗車口へと向かった。

 

眼前に現れた蒸気機関車は、荒い息を上げるように白煙を天に吐きつつ、駅のランプに黒光りする車 体を誇らしげに延々と横たえていた。それは中津川の近くにある苗木城の白壁が我が身と同じ色とはけしからぬ、と一夜のうちに削り取ったという木曽川に住む巨大な白龍の伝説を思い出させるような、威風に満ちた姿であった。そして、龍の咆哮よろしく響き渡る発車するときのポーッという汽笛に、腰掛けた狭い三等の席から飛び上がらんばかりに驚いた。

 

見知らぬ人と肩を並べて固い座席に座るという初めての体験に、気が立ってしまい少しも眠くはならない。それでも少し明け方に眠っていたのか、首をがくりとしてはっと目を覚ました廉造の目に飛び込んできたのはきらめく青い海であった。

 

朝日に照らされた光満ちる波が鱗のように規則的にも見えるのが、沖へと進むにつれ青の濃さ を増して行き、空の青さと薄白く溶け合う水平線まで、視線を先へ先へと伸ばすようにして目を見開いていた。それからは名にし負う富士山はいったいいつ見えるのだろうかと、よもや見逃してはいないかと、左手の車窓ばかりを気にしていたが、二つ先の座席にやはり初めて列車に乗る名古屋からの商人風の男二人連れがいて、大声で「富士山はまだか」としゃべっているのが聞こえて少し安堵した。その二人が「そろそろやって」と言うのが聞こえ、そこに開けた土地が出た、と思った途端、大きな山の裾野が見えた。

 

しかし、山の三合目あたりから薄く雲がかかり全貌はまったく見えない。おもわず、ため息をついて背もたれに体をどさりと預けると、はす向かいに座っていた初老の男が、窓を覗き 込み「今日 は曇ってまんなあ」と一言上方の言葉で笑いながら言った。ひどく落胆した様子の廉造が気の毒になったのか、ふと真面目な顔になり「富士山は逃げていかへん、また晴れる日もありまっせ」とぼそりと慰めてくれた。汽車は海辺をひた走り東京へと向かう。

 

列車が終点の新橋に着いたのは、日がちょうど真上に来るころで、伯父は白い絣の着流しにカンカン帽という姿で待っていてくれた。そこは名古屋、横浜とその駅舎の立派なことにいちいち感嘆していた廉造の想像をはるかに上回る大きさで、白く輝くような建物はまだ真新しく見え、祭りの日でもこうはおらぬというほどの人の波が右へ左へと流れている。建物を出広がる広場の大きさに、自分が立っている場所がわからなくなる感覚に 、目を丸くして立ち尽くす廉造に「びっくりしたか。まあすぐ慣れる」と伯父は鷹揚に笑って言い、西の方に向かって歩き出した。

 

汐留川には美しいアーチの新橋がかかり、西洋風の巨大な建物が幾つも並んでいる。はぐれぬように伯父を必死で追いかけてすぐに、美しい堀と石垣が見えた。「これが宮城や、天子様がおらっせるところやに」と左手に皇居を見ながら、こんどは北へと歩き続ける。こんな場所を歩いていいのだろうかと、キョロキョロとしてしまうような広い道沿いには、先ほど見たような西洋風の建物ばかりが並んでいる。「これはもとはお堀やったんや」と言われて深い谷に見える川にかかる御茶ノ水橋を越えると、病院というこれまた大きな建物が見える。一旦東に向かい、湯島聖 堂を右手に 見ながら本郷通りを歩いて、ようやく暮らしの匂いのするほっとするような町並みが広がってきた。

 

実家の商店よりも大きな間口の店はあまりないだろうとひそかに自負していたのに、同じくらいの間口に物がいっぱいに並んだ店がいくつもあるのにも驚きを隠せない廉造に「ここまでがお江戸やったんやで」と伯父が汗を拭き拭き指さした店は「かねやす」と大きく染められたのれんをかかげてきらめく小間物を並べていた。そこからはだらだらとした坂を上がっていく。

 

「この道も中山道やでな、ここをずーっと行ったら中津にもつながっとる」と話しながら進む右手にはどんなお城もかなわないのではないかという立派な赤い門が建っていて、「加賀のお殿様のお屋敷が帝国大学になったんや」と少し誇らしげに伯父はいい、それからほんの少し北に向かい、東に細い路地を入って行った。帝国大学のある本郷通りからは少し坂を下っていて、周りには似たような家がいくつも並んでいる。その中では民家としてはやや大きく立派な門もある建物が東濃館であった。なんでも借家として出されたが、家が大きすぎて借り手がつかず、下宿屋にどうかという話が、近くでもっと規模は小さいが下宿屋を営んでいた伯父に来たらしかった。

 

 

つづく